古代インドにおいて原子論がいつごろから現れたかさだかでないが、原子論的な立場から物質を考察した人々は主として、ジャイナ教、仏教、六派哲学のなかのニヤーヤ・バイシェーシカ学派の三つの派に分かれていた。
これら3派の人々は物質を順次細分割したとき、最後には分割しえないものに到達すると考え、この究極的なものをパラマーヌparamau(極微)とよんだ。
この極微は突き通すことも壊すこともできないものであった。
極微の存在する場としてアーカーシャaka(虚空)が考えられた。原子論をもっとも発展させたニヤーヤ・バイシェーシカ学派、とくにバイシェーシカ学派の原子論を述べると、彼らは、地・水・火・風の4種の極微を考えた。
これらの極微は、色・味・香り・感触・重さ・流動性などの属性のいくつかを有し、アドリシュタadaという神秘的な力によって結合される。
物質を構成する要素は同種の極微2個からつくられたドブヤヌカdvyauka(二微果)で、この二微果が三つ結合したもの、四つ結合したものが、それぞれ三微果、四微果とよばれた。
このようにして順次大きな物質が構成される。
物質の構成に関して、究極粒子として極微の存在を述べたインド原子論であるが、それを使って自然現象を統一的に説明しようという論理には至らなかった。
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